丸茶120年のあゆみ

人々を繋ぎ、地域を支え、時代を超えて受け継がれてきた120年の歩み

ごあいさつ

 この度、弊社は創業120周年という記念すべき節目を迎えることができました。これもひとえに、長きにわたりご支援、ご愛顧を賜りましたお客様、お取引先様、そしてご尽力いただいた全ての社員とそのご家族の皆様のおかげであり、心より深く感謝申し上げます。  振り返ってみますと、1905年、宇治本家の丸茶からこの札幌で暖簾分けをいただき、早速、我国領土となった南樺太にのり込み、以来40年間、多方面の事業開発に成功したのですが、敗戦により、全てを失うという未曾有の困難に直面いたしました。しかし、先人たちが受け継いできた開拓精神と、不屈の努力、そして社員一丸となっての情熱により、まさにゼロからの再出発を果たし、奇跡的な復興を遂げることができました。  以来80年もの長きにわたり、私たちは製紙・パルプ業界ならびに空調機器のメーカー・代理店とのお取引を事業の基盤とさせていただきながら、常に時代の変化と社会の要請に応え、新しい環境エネルギー関連設備の取り扱いならびに工事事業領域へと拡大してまいりました。単に製品やサービスを提供するだけでなく、持続可能なサーキュラーエコノミー(循環型経済)社会の実現に貢献するという私たちの強い意志の表れでもあります。  120周年は、新たなスタートラインです。培ってきた「挑戦と変革の精神」を胸に、これからも社会から必要とされる企業であり続けるために、技術革新と持続可能な社会への貢献に弛まぬ努力を続けてまいります。  これまでの皆様のご厚情に改めて深く感謝申し上げますとともに、今後とも変わらぬご指導ご鞭撻を賜りますよう、心よりお願い申し上げ、ご挨拶とさせていただきます。 佐々木浩二
代表取締役社長 佐々木浩二の写真

120年のあゆみ

1902
(明治 35)

佐々木時造 札幌丸茶阪部商店に入る
佐々木時造

1905
(明治 38)

佐々木時造 樺太大泊に単独渡航

1905
(明治 38)

日露講和条約調印
丸茶阪部商店

1905
(明治 38)

丸茶佐々木商店を創立(丸茶本家よりのれん分け)
樺太庁鉄道

1919
(大正 8)

樺太庁鉄道用レール5,600トンを初め樺太に於ける公私設鉄道、電信、電話、電灯用品、橋桁等の金物を一手に納入
東京駅前の焼け跡、日本橋方面
「東京駅前の焼け跡、日本橋方面」
(気象庁ホームページより)

1923
(大正 12)

震災にて東京支店焼失
蔵省印刷局 [編]『官報』1932年02月16日

1931
(昭和 6)

合名会社を株式会社丸茶佐々木商店に改組
佐々木時造 社長に就任
本店を東京日本橋呉服橋に置く

1933
(昭和 8)

王子製紙(株) 富士製紙(株)と樺太工業(株)を合併
写真は恵須取の遠景を撮影したもの

1936
(昭和 11)

丸茶佐々木商店創立三十周年記念祝賀会を挙行
丸茶株式会社所蔵資料『佐々木時造翁の事績』

1945
(昭和 20)

樺太の全事業と全資産を喪失
丸茶株式会社『父と子、そして百歳』2004年、87ページ

1946
(昭和 21)

東海水産(株)創立 佐々木時造 社長に就任
丸茶株式会社『父と子、そして百歳』2004年、149ページ。

1959
(昭和 34)

丸茶株式会社に社名変更。丸茶(株) 佐々木時造は会長、佐々木栄一郎は社長に就任
佐々木時造の写真

1972
(昭和 47)

佐々木時造 逝去(94歳)
佐々木賞ロゴマーク

1972
(昭和 47)

紙パ技術協会 佐々木賞創設

1979
(昭和 54)

日本汽力(株)の株式を過半数保有 丸茶グループ会社になる
佐々木浩二の写真

1990
(平成 2)

佐々木栄一郎が社主 佐々木浩二が社長に就任
日本製紙株式会社

1997
(平成 9)

日本製紙岩国工場 薬品回収ボイラ一基納入
創業100周年

2004
(平成 16)

創業記念日 創業100周年を迎える
日本製紙株式会社

2015
(平成 27)

佐々木栄一郎社主 逝去(104歳)
丸茶本社・日本汽力東京事務所・アドイン研究所

2019
(平成 31 / 令和元)

本社を紀尾井町パークビルに移転し丸茶グループ(丸茶本社・日本汽力東京事務所・アドイン研究所)の協業体制確立